てつとお(ポケモンガオーレ、アニポケ、鉄道)のブログ

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主に鉄道記事、アニメ感想を書いています。

【JRからJRへ】実は意外とある!JR間の譲渡車両を紹介②【2000年代中心】


こんにちは!
今回も譲渡車両に関する記事を書いていきたいと思います。
昨日より、JRからJRへの譲渡例、つまりJR間の譲渡の例についての記事を書いています。
e231211.hatenablog.com
リンクを載せた記事は比較的最近、2010年代以降の事例と年代に関係なくJR旅客鉄道から貨物への譲渡を中心に紹介しましたので、見ていない方はぜひ見ていただきたいのですが、今回は2000年代以前の譲渡例をまとめていきたいと思います。2010年代にもかなり面白い譲渡例はありますが、2000年代以前は主に通勤電車を中心に譲渡が繰り広げられているので、今回はその譲渡がメインテーマになるかと思います。

3編成が譲渡!JR東日本からJR九州への譲渡劇!

今回のトップはJR東日本からJR九州への譲渡劇です。2008年12月にJR東日本からJR九州415系4両×3編成が譲渡されました。2008年当時、常磐線では415系の置き換えが進んでいました。常磐線で活躍していた415系は、白電は全車両廃車となりましたが、ステンレス車両は4両×3編成を除き、ほとんどの車両が水戸線常磐線福島県寄りなどに転属となりました。そんな中で、廃車になった車両の中から、4両×3編成のみJR九州に譲渡される車両が出てきたのです。譲渡されたのは、白電から4両×2編成とステンレス1500番台から4両×1編成の3編成です。


JR東日本415系(Fo507編成)

白電からはK607編成とK620編成が、ステンレス製からはK525編成が譲渡され、その後はそれぞれFm507編成、Fm520編成、Fm1501編成となり南福岡の所属になりました。なぜ415系が譲渡されたのか、こちらは公には明らかになっていませんが、鹿児島地区の475系の置き換えが目的なのではないかと思います。実は2007年に元々九州で活躍していた500番台5編成が鹿児島地区に転属しているのですね。この車両たちの置き換えには福岡近郊などでは813系1100番台の新製などで賄えばよいのですが、関門区間は交直両用車が必要なので、813系などを関門区間にいれるわけにはいきません。更に数年後には415系0番台の引退も始まることになり、ますます関門区間で使える交直両用車が減ることになります。そういった状況で、関門地区の交直両用車の本数維持のために、金をかけずに関門区間に導入できる415系を導入しようという判断に至ったものと思われます。ちなみにこの3編成は60Hz対応車で九州でも問題なく使うことが出来る車両たちですので、そこまで大きな改造も無く翌年2009年に九州で再デビューを果たしています。現在ではFo507編成は既に解体済み、Fo520編成は解体待ちのため門司に疎開中、Fo1501編成は大分車両センターに留置が続いています。いずれの車両も運用には就いてないので、近いうちに見ることが出来なくなるかもしれません。


Fo1501編成


急遽の譲渡?武蔵野線の西日本譲渡!

さて、続いてはJR東日本JR西日本への譲渡の事例です。JR東日本からJR西日本への譲渡の例として有名なのが2005年に行われた武蔵野線103系E38編成のJR西日本への譲渡です。


103系(E38編成ではありません)
2005年当時、武蔵野線で活躍していた103系205系の置き換えが進んでいました。ほとんどの車両が廃車になる中、16両のみ譲渡車両が発生しています。一つがインドネシアへの譲渡、8両がインドネシアに譲渡されています。もう一つがJR西日本への譲渡です。なぜ、JR西日本に8両のみの譲渡が行われたのかというと、福知山線脱線事故が関係しています。2005年4月に発生した福知山脱線事故、この事故の影響で当該編成の廃車はもちろんのこと、ATS-Pの設置のためにJR西日本では車両不足が発生します。それを補うために、103系E38編成が譲渡されることになったのです。譲渡後、もともと8両編成を組んでいた同編成は分割され、様々な場所に飛ばされます。クハは広島に飛ばされました。残りのモハユニット(武蔵野線103系は6M2Tです)は大阪環状線の編成に組み込まれたり、奈良線阪和線用の編成に組み替えられるなど様々な移動が行われましたが、2011年には全車両廃車となっています。

JR東日本から四国へ!魔改造の上に譲渡された113系

続いてもJR東日本からの譲渡例。今度は四国への譲渡例です。2000年代ではなく、1999年のことにはなりますが、JR東日本からJR四国113系4両×3編成+部品取り車3両がJR四国へ譲渡されました。なぜ譲渡されたのかと言うと、当時JR四国で活躍していた111系の置き換えのためでした。既に6000系を置き換え用に導入していたものの、6000系は2編成のみの導入に留まり、残りは113系で置き換えたという形になります。主に東海道線で使われていた車両たちが譲渡されています。


113系四国車

譲渡にあたり、多度津工場で写真のように大幅なリニューアル工事が行われ、パッと見では113系とは分からないような見た目になっています。車内はJR西日本の体質改善工事のようなリニューアルが行われています。その後、瀬戸大橋線などで長らく走り続けますが、2019年には全車両が引退。現在では全車両解体され、現存していません。


その他の2000年代のJR間の譲渡事例

上記以外の2000年代のJR間の譲渡事例をまとめます(①の記事で触れたもの及び新幹線は省きます)
JR東日本JR北海道 スハフ44・オハシ37・オハフ33 計4両(2000年)
2000年には高崎に所属していた旧型車両4両がJR東日本からJR北海道に譲渡されています。この理由はJR北海道がSLニセコ号を運転するためですね。SLニセコ号の運転のために旧型客車が2000年代に譲渡されているという面白い経歴になっています。現在では営業運用を行っておらず、4両とも苗穂に留置されています。

JR東海JR四国 14系客車 計4両(2005年)
2005年にはJR東海で廃車となった14系客車4両(スハフ14-1・5、オハ14-1、オハフ15-1)がJR東海からJR四国に譲渡されています。その後、JR四国でも引退し、現在では東武鉄道でSL大樹号の客車として活躍しています。

こんなものかと思います。
今回は2000年代を中心にまとめてみました。次回は1990年代以前の譲渡例、および新幹線の譲渡例をまとめて譲渡シリーズの記事を終わりたいと思います。③は公開が少し遅くなるかもしれませんが、是非お待ちください。
最後までご覧いただきありがとうございました!